「鬱病」
一般的に「心の風邪」と言われている。それは誰にでも成るという意味であろうか。
私は中学校時、二人精神病院に入院している友人がいる。
もちろん今でも、親友として遊んでいる。
昔、三人で酒を飲んでいたとき二人は病院の話で花が咲いていた。
なんでも、小さな部屋に通されて中には近所の公園にある様な
「砂場」
そこで、30分近く遊ばされるという。
壁には、大きなガラスがあり、今考えるとあそこマジックミラーだったんじゃねぇのぉ?!
等、話していた。
私が定職につかずプラプラしていたとき、馴染みの居酒屋で事件が起きた。
あまり見たことの無い客が、急に厨房に入り主人から包丁を持って暴れだした。
最後には、自分で自分を切って「血」がボトボト落ちていた。
私が小学校から中学校の間。私の母はちょくちょくおかしくなっていた。
いきなり襲ってくる「死」への恐怖感と絶望感。不安。
「死」んでしまったら、「無」になるというやり場の無い「思い」
そんな、思いが「心」をいっぱいにしてしまっていたんだろう。
時には、ふすまを蹴り倒し私と弟を力の限り抱きしめる。
30分は離さない。
それは、家族でご飯を食べているときにも起こる。
寝ている深夜でも、風呂に入っているときでも。
最低30分は離さない。
父がいるときは、懸命に父が母を抱きしめていた。
今でも、覚えている記憶。
小学校確か6年生の夏休み、昼ごはんの準備をしている台所から
「ああああぁぁぁ〜〜!」という叫び声。
それは、いきなりやってくる。
弟を居間で抱え、私の方へやって来る。 父はいなかった。
とても、強く抱きしめられていたがそれを私は振りほどき。
母を抱きしめた。逆に目いっぱい抱きしめた。
小学生の私の両腕では、母を抱きしめても大きかったの覚えている。
そして、「大丈夫だよ」「平気だよ」と繰り返し語りかけた。
母は、「いやだ!いやだ!」言っていた。
それは、回数は減っていったが中学校まで続いた気がする。
そのたび、私は母を抱きしめていた。
思い出したら、涙が出てきた。
人は急におかしくなるものだ。
私の心はそう思っていた。
「否」
人は、ギリギリのバランスの上に立っている。
おかしくなってあたりまえ。
「否」
おかしくなるという考えがおかしい。
私は、小心者です。そして臆病だからこすっからい子悪党です。
けれど、今自分自身と戦っている。
物を捨てた。楽しいことを捨てた。やりたいことを捨てた。
大事な者の為。なによりこれからの自分のために
自分自身を捨てようと戦っている。
「喜怒哀楽」
怒と哀は、自分の心の持って行き方によって「無」にすることが出来る。
しかし、喜が最近足りない。
その責任は、全て私の心の若さ。おろかさ。どうでもいいこだわり。
自分を捨てる。自分の固定観念を捨てる。
私はどんな人間なのか。
再度考える。人間に生まれてよかったなぁ。
一般的に「心の風邪」と言われている。それは誰にでも成るという意味であろうか。
私は中学校時、二人精神病院に入院している友人がいる。
もちろん今でも、親友として遊んでいる。
昔、三人で酒を飲んでいたとき二人は病院の話で花が咲いていた。
なんでも、小さな部屋に通されて中には近所の公園にある様な
「砂場」
そこで、30分近く遊ばされるという。
壁には、大きなガラスがあり、今考えるとあそこマジックミラーだったんじゃねぇのぉ?!
等、話していた。
私が定職につかずプラプラしていたとき、馴染みの居酒屋で事件が起きた。
あまり見たことの無い客が、急に厨房に入り主人から包丁を持って暴れだした。
最後には、自分で自分を切って「血」がボトボト落ちていた。
私が小学校から中学校の間。私の母はちょくちょくおかしくなっていた。
いきなり襲ってくる「死」への恐怖感と絶望感。不安。
「死」んでしまったら、「無」になるというやり場の無い「思い」
そんな、思いが「心」をいっぱいにしてしまっていたんだろう。
時には、ふすまを蹴り倒し私と弟を力の限り抱きしめる。
30分は離さない。
それは、家族でご飯を食べているときにも起こる。
寝ている深夜でも、風呂に入っているときでも。
最低30分は離さない。
父がいるときは、懸命に父が母を抱きしめていた。
今でも、覚えている記憶。
小学校確か6年生の夏休み、昼ごはんの準備をしている台所から
「ああああぁぁぁ〜〜!」という叫び声。
それは、いきなりやってくる。
弟を居間で抱え、私の方へやって来る。 父はいなかった。
とても、強く抱きしめられていたがそれを私は振りほどき。
母を抱きしめた。逆に目いっぱい抱きしめた。
小学生の私の両腕では、母を抱きしめても大きかったの覚えている。
そして、「大丈夫だよ」「平気だよ」と繰り返し語りかけた。
母は、「いやだ!いやだ!」言っていた。
それは、回数は減っていったが中学校まで続いた気がする。
そのたび、私は母を抱きしめていた。
思い出したら、涙が出てきた。
人は急におかしくなるものだ。
私の心はそう思っていた。
「否」
人は、ギリギリのバランスの上に立っている。
おかしくなってあたりまえ。
「否」
おかしくなるという考えがおかしい。
私は、小心者です。そして臆病だからこすっからい子悪党です。
けれど、今自分自身と戦っている。
物を捨てた。楽しいことを捨てた。やりたいことを捨てた。
大事な者の為。なによりこれからの自分のために
自分自身を捨てようと戦っている。
「喜怒哀楽」
怒と哀は、自分の心の持って行き方によって「無」にすることが出来る。
しかし、喜が最近足りない。
その責任は、全て私の心の若さ。おろかさ。どうでもいいこだわり。
自分を捨てる。自分の固定観念を捨てる。
私はどんな人間なのか。
再度考える。人間に生まれてよかったなぁ。
この記事へのコメント
鬱病って、自分もそうだけどホンの些細なキッカケから始ったりするんだよね‥
医療事務の仕事してた時は、まさか自分がなるとは思わなかった。
うちの両親は「鬱病」をあまり理解してくれず、「私の子供だからそんな病気になる訳ないんだから、しっかりしなさい!」と笑いながらよく言ってきた。
それを聞く度にイヤになったし、自分でもどうしようもないからイライラして、親と一緒にいる事が辛くなった。
今の世界、いろんな重圧に圧迫されて気付かないうちに「心が風邪をひく」のは当たり前かもなぁ。
なんだか自分の存在価値とかもろもろ、私はまだ生まれてきて良かったって100%思えないでいるよ‥自分に自信がないんだよな〜(^^;
医療事務の仕事してた時は、まさか自分がなるとは思わなかった。
うちの両親は「鬱病」をあまり理解してくれず、「私の子供だからそんな病気になる訳ないんだから、しっかりしなさい!」と笑いながらよく言ってきた。
それを聞く度にイヤになったし、自分でもどうしようもないからイライラして、親と一緒にいる事が辛くなった。
今の世界、いろんな重圧に圧迫されて気付かないうちに「心が風邪をひく」のは当たり前かもなぁ。
なんだか自分の存在価値とかもろもろ、私はまだ生まれてきて良かったって100%思えないでいるよ‥自分に自信がないんだよな〜(^^;
2006/07/24(月) 22:51 | URL | Kim #-[ 編集]
私も他人事ではないんです。
安易には書けない、内容でした。一所懸命書きました。
買い物に行くときの歩行者の信号が丁度「青」だっただけで
幸せを感じてしまう・・・。こんなことも、幸せだとおもうちょります。
あは・・。
安易には書けない、内容でした。一所懸命書きました。
買い物に行くときの歩行者の信号が丁度「青」だっただけで
幸せを感じてしまう・・・。こんなことも、幸せだとおもうちょります。
あは・・。
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